お久しぶりです、こにーでです。

かなり長い間ブログを更新していなかったため、鴨川の河川敷に等間隔に並ぶカップルを見るために京都へ旅に出たと思われているか、失恋のショックから壁を相手にアルプス一万尺をするしかできなくなっていると思われているかの二択でしょうか。

許してください。そんなんじゃないんです。何もしてなかったわけじゃないんです。いや鴨川河川敷に等間隔に座るカップルを見るために京都に行ったのはマジだけど。

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「ここに座って」みたいな表示があるんですかね?

ただそれ以外にも、エッセイのコンテストを多数抱えたり、割と重要な案件で動いていたのは事実なんで大目に見てくださいな。あ、割と重要な案件については、今度ご報告できると思います!

そんなわけで久しぶりに記事でお会いできたのですが、今日はちょっとした思考実験を考えてきました。
今の時代に生きる人なら避けては通れない、『差別』というテーマについてです。

例えば、あなたが今までに出会った外国人は、全員極悪人だったとしよう。
その状態で別のある外国人と関わることになったとき、距離をおきたいと思ったならば、それは差別と言えるのだろうか。

実はこれ、ひとつ簡単に出せる答えがあるんです。
それは「考え方は人それぞれだ」というもの。
しかし、そんなものは思考停止でしかありません。
人それぞれである議題に、みんなが納得できる「解釈」を見つける。それが思考実験という営みなのです。

これは哲学をするときだけでなく、人生で大切なことを考えなくてはならなくなったときにも絶対に役に立つ力です!
「難しい……」と立ち止まるのは簡単です。それでも、そこから一歩、踏み出してみてください。

僕の意見も交えつつ、大事なところを解説していくので、行き詰まったら参考にしてください!

この議題では「これは差別と言えるのか?」ということ。つまりカギになってくるのは差別の定義ですね。

その世界のあなたにとって、外国人というものは、常に害を及ぼしてきた存在です。
「あなたと出会った外国人がそうであっただけで、外国人すべてを括りだしてしまうのはおかしい」と意見することもできますが、主観的にはトラウマをもっていてもおかしくないような存在に対して、隔たりなく接することは難しい、ということに反論する人はそういないでしょう。

僕はその世界のあなたが外国人に抱いた感情は、『差別』ではなく「偏見」と形容するほうが適切な感情なのではないかと思います。

……ここからが大事です。

しかし、こう反論することもできます。「偏見こそ差別の本質ではないのか。二つは根本的には同一のものではないのか。」と。
例えばアメリカの政治哲学者ジョン・ロールズは、主著『正義論』においてこう述べています。

「ある個人にとって最善の計画とは、彼が完全情報を保有しているならば採用すると考えられる計画である。この計画は当人にとって客観的に合理的な計画であり、彼の本当の善を決定する」

正義論
ジョン・ロールズ
紀伊國屋書店
2010-11-18


すなわち、ある人にとっての最善の計画というものは、
その人が過去・現在・未来のすべてを知り尽くしていた時に取るであろう行動ということです。
この定義には説得力があります。

それでも、少なくとも人間の中で、この世界のありとあらゆる情報をすべて掌握している人はいるでしょうか。自分の周りのことに限ったとしても、知り尽くしている人なんていませんよね。

この場合あなたは「外国人すべてが悪い人ではない。いろいろな人がいる」という情報を知っていたならば、外国人と関わることになったときに「外国人である」という理由だけでおびえるようなことはないでしょうが、現実にあなたが保有している『外国人』に関する情報は「皆自分に危害を加えてきた」というもの

そう、偏見が差別の根源であることは事実ですが、完全に偏見を除いて生きることは不可能に等しいのです。

では、差別をなくすことは不可能なのでしょうか?
僕はそうは思いません。
例えば、あなたが外国人を見かけたとき、「怖い」という感情を抱くのは仕方のないことですが、「殴る」という行動に移すことは意識的に避けられるのではないでしょうか。

このように「どこまでなら理性によって抑えられるか」のラインを探り、それを世間一般の人間にも当てはまるような基準を考え履行すれば、きっと差別をなくすことはできるはずです。
もちろん、一番大切なことは「外国人は皆が皆悪い人間ではなく、いろいろな人間がいる」ということを知ることなのですが。

以上は、この思考実験に対する僕なりの「解釈」です。この考えだけが正しいとは思いませんし、実際にTwitterで意見を募ったところ、「やっぱり差別だと思う」「差別と偏見は同じものでは?」「怖いと思ってしまうのは当たり前だけれど、理性によって差別はなくせる!」といった様々な意見がありました。

こうした重要な課題に向き合うことは、たとえ答えが出なくても大切なことです。
自分の考えを大切にしつつ、ほかの解釈も受け容れられるのが理想です!

というわけで、今回は『差別』を主題とした思考実験を見ていきました。
気まぐれでエッセイや解説記事を書いているので、管理人ともどもよろしくお願いします!


ありがとうございました。