おはようございます、こにーでです。

タイトルの通りなのですが、最近『漢字とか変換すればいいし覚えなくてもよくない?無駄じゃない?』と言う人を見かけることが多くなったんですよね。
もしかしたら、このブログを読んでいる方の中にも、そうした意見を持っていらっしゃる方がいらっしゃるかもしれません。

実は僕、日本語検定2級歴代最年少合格の実績を持っていて、日本語に対しては一家言ある立場なんですよ。
なので、今回は初めてのコラム記事に挑戦しようと思います!

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まず、文字には大きく分けて表音文字表意文字の2種類があります。
文字通り、表音文字は音を表す文字で、表意文字は意味をあらわす文字ですね。
たとえば日本語では、かな文字(ひらがなやカタカナ)が表音文字、漢字が表意文字にあたります。

基本的に、表音文字は単体では意味を持ちません。「こ」とか「ら」にそれ自体の持つ意味がないように。

しかし、表意文字にはひとつひとつに由来と込められた意味があります
たとえば『』。
雨の下の『ヨ』のようなものは、もともとは『彗(ほうき)』という字だったんですね。
古来より雪は信仰の対象とされ、神様が地上を清めるためのほうきなのだ、という意味がこめられています。風流な心ですね。

大陸から伝わってきたとはいえ、漢字は日本人の生活に寄り添ってきたもので、その心であるともいえると思います。

いわゆる海賊版サイトで、違法に漫画や音楽が配信されている問題ってありますよね。
僕には、『漢字なんて変換すればいいし、わざわざ覚えなくていい』というのは、『漫画なんて海賊版で無料で読めるんだし、わざわざ買わなくていい』という考え方と同じようなものに思えてならないのです。

確かに、海賊版サイトのように、作者やその業界に直接被害が及ぶものではありません
しかし、『漢字なんて覚えなくていい』というのは、漢字を生み、受け継いできた人たちをないがしろにしているという点では、根本的には何も変わらないのではないでしょうか。
むしろ、漢字をほとんど書かなくなることで、日本人としての感性を解さなくなったり、そもそも漢字が衰退してしまえば、文化レベルのダメージを被ることになります。

僕にはそれが、果てしなく怖いんです。そうなろうと進み始めている現実が悲しくもあります。
先人への敬意を忘れ、美的感覚を失いかけてまで、利便性は追い求めるほどの価値があるのでしょうか?文明の発展に甘えているだけで、本当にいいんですか?

皆さんに僕と同じ意見を抱いてほしいとは思いません。ただ、いま一度考えてみてほしいんです。
『考えたけど、やっぱり漢字とか覚えなくてよくね?』と思う方は、それでもいい。それがあなたの意見であり、哲学なのですから。

大切なのは「考える」ということです。
この時代、僕たちの想像をはるかに超える速さで文明は発展していて、何も「考えなくてもいい」世界に近づきつつあります
しかし、そんな時代にあっても、考えることをやめてしまえば、知らないうちに上に記したような危険に直面してしまうかもしれない。

ふるくさい学問にも見えますが、いま一番必要とされているのは、哲学の考え方なのではないでしょうか。

こんな馬鹿みたいに真面目な記事でごめんなさい。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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